高橋一生の波乱万丈人生!子役時代の母の毒舌・転々する実家・貧困期・異父兄弟!

高橋一生の波乱万丈人生!子役時代の母の毒舌・転々する実家・貧困期・異父兄弟!ブレイク中の高橋一生さん、実は子役出身で、波乱万丈人生があった、、、



プロフィール

生年月日 1980年12月9日

出生地 東京都

身長 175cm

血液型 O型

活動期間 1990年 –

事務所 舞プロモーション

・2015年、テレビドラマ『民王』で演じた秘書・貝原茂平役で視聴者の好評を得て、第1回コンフィデンスアワード・ドラマ賞と第86回ザテレビジョンドラマアカデミー賞でそれぞれ助演男優賞を受賞。

・2017上半期ブレイク俳優ランキング(オリコン調べ)において、10代から50代までの男女対象の世代別ランキングでもすべて首位となる圧倒的な支持を得て1位となる。

 

 

高橋一生の波乱万丈人生!子役時代の母の毒舌

ブレイク中の高橋一生さん、ずーーーっとドラマに出ずっぱり。。。

はにかむ笑顔や、控えめな感じが、女心をくすぐるよね。。。

 

そんな高橋一生さん、実は、長ーーーい芸歴の持ち主って知ってた?

そう、子役出身なんです!!

長年培ってきた演技力、、、

安定した演技派俳優に納得です。。。

高橋一生の子役時代

高橋一生さんの子役デビューは、

1990年10月、ドラマ『ニューヨーク恋物語II 男と女』に主役の田村正和さんの次男として出演、、、

1990年2月には、映画『ほしをつぐもの』に出演、、、

ビートたけしさんが主演をつとめた作品です。。。

 

実は、後で出てきますが、高橋一生さんの人生に大きな影響をもたらす母親も幼少期に子役をしていたそう、、、

 

だから、高橋一生さんの子役活動は、母親の影響もあったのかと思いきや、子役活動をすすめたのは、おばあちゃん。。。

 

幼少期の高橋一生さんは、引っ込み思案タイプ、、、

お友達とも積極的に遊ぶことも少なかったそうで、、、、

 

それを心配したおばあちゃんが、劇団入りを勧めたらしい。。。

 

そして、高橋一生さんが一度芸能活動をセーブしたのが、小学生5年生の時、、、

それから4年間ほどは、普通の中学生として生活したよう。。。

 

芸能活動再開と親友との出会い

芸能活動を再開させたのは、中学3年生の時、、、

友人たちに、『声』をほめられたことがきっかけになって、声優のオーディションを受けて合格、、、

それが、ジブリアニメの『おもひでぽろぽろ』、、、

そして続けて、『耳をすませば』。。。。

 

高橋一生さんは、そんな声優活動もあり、、、

子役活動が自分にしっくりしていたのか、、、

『将来は、俳優になろう』

と決めていたらしく、高校は、芸能人も多く通う堀越高校へと進学。。。

 

その堀越高校は多くの芸能関係者が通っているけれど、高橋一生さんの同級生で、大親友だったのが、なんと、V6の岡田准一さん!!

2人は、『いつか、共演できること』を夢見て、切磋琢磨しあう、、、

それが、叶ったのが、2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』。。。

 

高橋一生さんは、共演できた夢がかなったことに感極まって、なんと、岡田准一さんにマジチューー。。。。

岡田准一さんの両頬をもって、くちびるにブチューーーーっと!!笑

 

岡田准一さんも、アイドルでありながら、なかなかの演技派俳優。。。

役作りもかなりストイックなことで有名です。。。

 

そんな岡田准一さんが、あらゆるインタビューで『天才』と話すのが、高橋一生さん。。。

演技派俳優も認める演技派俳優、、、!!

にも、かかわらず、高橋一生さんの母親は違いました。。。

母の毒舌

子役として活動していた高橋一生さんが、母親からいつもなんて言われていたと思う、、、?

『となりのあんちゃんを目指しなさい、あんたなんか、たいした顔していないんだから』

主役級の顔じゃないんだから、、、

主役を目指しても、無理、、、

主役のとなりの役ぐらいなら、長く芸能活動をできるんじゃない、、、?

的な。。。

私は、子供がやりたいと思った事を、支えてあげられるような母親になりたい。。。。



高橋一生の波乱万丈人生!転々する実家・貧困期

母親に振り回される波乱万丈人生

将来大任意俳優になる高橋一生さんに毒を吐く母親、、、

高橋一生さんは、ずっとこの母親に振り回される波乱万丈な人生を歩むのだ、、、

 

高橋一生さんの母親は、18歳で高橋一生さんを出産、、、

そして、2015年、53歳の若さで亡くなっている。。。。

高橋一生さんの母親だけをみれば、若くして亡くなった苦労人、、、

だけど、私的にみると、、、

子供の人生を振り回した、毒親かも。。。

高橋一生さんは、母親について、

『仲が悪かった時期が長く、10年ぐらい会ってなかった』

『(弟から、ガンだって聞いたが)会うとまた口喧嘩になってしまうので、「(母親が)弱まってから会わせて欲しい」と。そうしたら、ケンカにはならないと思ったんです。実際に会ったら、(母親から)「ごめんね」って謝られて、それで僕も「弟のことは大丈夫だから」と(言えた)』

この高橋一生さんと母親とのやり取りがあった1週間後に、母親は亡くなる。。。

 

あんなに、温和で、愛されるキャラである高橋一生さんが、長い間、母親と絶縁状態だったということからも、毒親ぶりが想像できる。。。

 

 

高橋一生の実家

私チェックしていると、みんな、高橋一生さんの実家が気になっているよう。。。

それは、東京の一等地である『赤坂』だから、、、

『元赤坂』というところで、生まれ育ったと、高橋一生さん自身が『チューボーですよ』出演時に話しているよう。。。

子供の頃は、『東宮御所』が遊び場だった、、、

『青山』に住んでいる友達が多かった、、、

とか、、、

これを聞くと、私のような田舎育ちは、ギョッとします。。。

 

やっぱり、東京って次元が違うんだな、、、、

幼少期の遊びもキラキラ、、、

お金持ちの街なんだな、、、、と。。。。

 

でも、高橋一生さんいわく、

わたしたちがイメージする青山や赤坂のイメージは、ブランド店やショップが並んでる、、、

でも、それは外側の部分だけで、その内側では、軽トラで野菜売りが来ていたりと、かなり庶民的なんだそう。。。

高橋一生さんにとって、そこはわたしたちを同じように、ふるさと。。。。

『すごく居心地がいい街』だったそう。。。。

 

 

でも、実は、高橋一生さん、実家が転々としているらしい。。。

 

その原因はそう、母親、、、

 

母親が招く貧困期

高橋一生さんの母親は、実業家?起業家だったようで、、、

3~4年ぐらいどっかで働いてお金をためては、事業を起こし、しかしそれが半年ぐらいでつぶれちゃう、、、、

みたいな、その繰り返し。。。。

だから、『だいたいW杯くらいの周期でうちは貧困期を迎えるんですよ』と、高橋一生さんの弟さんが言います。。。

(弟については、次の項目で)

そこで、経済的にいちばん安定していたときに住んでいたのが、赤坂の高級マンション。。。

そして、母親の事業が失敗するたびに頻繁に住まいも移動、、、

赤坂、成城、祖師谷、千駒木、本駒込、後楽園周辺、三軒茶屋、祐天寺

転々と高橋一生さんの実家が移動する、、、

 

どんなに貧困期を迎えても、生活レベルは下げられない母親だったようで、『お金の遣い方がすごく荒いママ』だから、ずっと都心暮らしは変わらない。。。

 

高橋一生さんは、おばあちゃんと過ごしていたというから、母親と一緒に転々とすることはなかったにしても、この母親がいる実家と言える場所が頻回に変わる環境は、子どもにとってあんまりよろしくないよね。。。

 

子供を巻き添えにする母親

それだけではなく、高橋一生さんの実家?母親の貧困期のエピソードでひどいのが、子供をどんどん巻き添えにしていくこと。。。

 

高橋一生さんも、弟さんも忙しかったであろう母親とはときどき会う感じで、でも会うときもだいたい母親にお金を徴収しに行かされるときだったという。。。

『家賃が払えないから、あの子の親から100万円借りてこい』

って。。。。

いや、自分の友達に言えんよね。。。

でも、弟さんの友人の親は、それをどう思ったのか、『あんたのママに貸すのではなく、あなたに貸すんだからね』と、お金を貸してくれたんだそう。。。。

 

これ以外にも、高橋一生さんの母親は、資金繰りが怪しくなると、子供の所有物も勝手に売却、、、

弟さんのギター、、、(次の項目で書きますが、弟はミュージシャン)

高橋一生さんの車、、、

たまらなくなった高橋一生さんは、家出、、、

その後、母親が病に倒れるまで絶縁状態となったよう。。。。

 

 

私的に、幼少期の母親との関係性って、本当にその人の人格を形成すると考えていて、、、

高橋一生さんをはじめ、後述する弟さんたちが、ちゃんと成人してよかったな、、、と思ったりする。。。

と、同時に、どこかで、きっと闇を抱えていると思う。。。

高橋一生さんは、その闇の部分を生かして、俳優業に生かしているのかもしれない、、、と思うことも多い。。。

 

 

高橋一生の波乱万丈人生!異父兄弟!

そんな、毒親のような母親に振り回された高橋一生さん、、、

なんと、弟が4人、、、

しかも、父親が3人という、異父兄弟。。。

 

あの高橋一生さんの母親は、18歳で、高橋一生さんを出産したあと、1人目の父親と離婚、、、

 

その後、再婚をし、次男、三男を出産、、、

そして離婚。。。

 

で、再再婚をし、四男、五男を出産、、、

 

まるで父親

しかも、現在、1番目の父親のみ、、、

2番目、3番目の父親はすでに亡くなっているんだそう。。。

で、みんなの母親も2015年に亡くなっているので、兄弟を支えているのは、長男の高橋一生さんなんだそう。。。

しかも、四男、五男はまだ10代という若さ、、、

本当に、高橋一生さんはみんなの父親のようだそう。。。

 

一番下の弟が生まれたのは、高橋一生さんの18歳の時、、、

そう、母親が高橋一生さんを生んだ年と同じ。。。

 

だから、高橋一生さんは、ものすごくその18歳という年齢を意識したんだそう。。。

で、生まれてきた弟を自分の子供のようにかわいがり、オムツ替えも手慣れたもんで、ものすごいスピードで変えられるようになったんだそう。。。笑

 

兄弟の活躍の裏にも父親のような高橋一生

私チェックしていると、高橋一生さんの五兄弟の中には、芸能界で活躍する弟もいて、、、

 

それが三男、、、

 

三男の名は、安部勇磨(あべゆうま)

never young beach(ネバーヤングビーチ)というロックグループのボーカル&ギター。。。

2015年5月、インディーズデビュー

2017年1月、メジャーデビュー

 

三男、安部勇磨さんが音楽に興味をもったのも、メジャーデビューを果たしたのも、兄である高橋一生さんの影響がものすごく大きいようで。。。

 

高橋一生さんのバンド活動をみて、音楽を始め、『プロの世界で勝負しろ』と、メジャーデビューへの後押しをしてくれたのも高橋一生さんなのだという。。。

 

そういえば、高橋一生さん、CMで、なんかノリノリのバンド披露してたよね、、、

カッコいーーと思った!!

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そして、その他の兄弟たちは、次男は、デザイン系の仕事、、、

四男、19歳、、、

五男、17歳、寿司職人見習い中、、、

 

五男さんが寿司屋で修行しているのも、『料理人になりたい』という夢を聞き、高橋一生さんが、修行ができる寿司屋を紹介したのだという。。。

 

高橋一生の育児

さらに、高橋一生さんは、弟さんたちに『家計簿をつけさせている』という。。。

 

それは、

『若い頃はある程度抑圧をかけないといけないと思った。
規律的なことをやってからの自由。
そういうところを持っていてもらいたくて言っている』

と、A-studioに出演した際に話している。。。

 

本当に、していることが兄というより父親。。。

弟たちは、両親を亡くし、本当に高橋一生さんを慕っているんだろう。。。

まとめ

弟たちが、高橋一生さんに連絡していると、母にお金の無心を課されていたという。

だから、母の死後ようやく、気兼ねなく兄弟全員で連絡を取るようになっそう。

ようやく温かい家庭が戻り、兄弟が笑顔で、過ごす様子が浮かびます。。。

 

そうしたら、高橋一生さん、、、

37歳といういいお年だけど、、、、

結婚は、弟たちがみんな成人したあとかも。。。

世の女性的には、独身高橋一生のほうがいいのかしら、、、

波乱万丈だった高橋一生さん、今だ父親代わりとして気を張っている高橋一生さんが、心安らぐパートナーがいてほしいなぁと個人的に思ったりします。。。